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PICO的考察 #015 看護師としての自分、患者としての自分

薄ら寒い日はウキウキしてしまうPICOです。


現在も、OCで管理人団としてお部屋の片隅(?)に居させてもらってます。

OCには知るだけで看護師が計3人在籍しています。

仕事から離れていたり、休職だったり。体調不安もあり、それぞれ落ち着かない生活を送っています。


後遺症部屋という看板を掲げても、時々「昨日熱が出て病院に行こうか迷ってます」という方が飛び込んで来たりします。

一般病院でPCR検査が出来る様になるまではそんな方が本当に多く、携帯の向こう側で泣き崩れているんじゃないかという様な方々を、まずはどうやったら受診に繋がって検査に至る事が出来るか?無い知恵を絞ってお部屋の方々と悩みました。

そんな彷徨う方々を放っておく事は出来ませんでした。

みんなが情報を求め、自分の体調不安と未検査のまま過ごす不安を吐露しました。

一方で、同じ患者である自分も存在しています。

皆さんの事を聞きながら、どこかで自分に言い聞かせていた所もあったと思います。

やや取り乱した方とお話ししながら、自分の不安を抑えていたと思います。

それが自分の安定剤にもなりました。


現在OCに在籍している方の多くは、現在も通院中です。

当初、頑なに心療内科などには行かないと話していた方々も徐々に受け入れ、必要な方は通院しています。

そんな私も通院中です。

呼吸器科で喘息と診断され、腑に落ちない思いではありますが、現在の状況では仕方ないと思っています。

職業人としては長いので、客観的に考えても喘息とは違うという違和感はあります。

しかし、現在の症状と状況では他に言いようがなく、仕方ないという妥協点であるという事も知っています。

そのため、通院では喘息として扱われ、処方もされています。


看護師としての自分と、患者としての自分。

両方の苦悩がわかり、とてもジレンマを感じています。

理解して欲しい患者と、現在の医療ではこう言う他ないという妥協点。それでも通院を重ね、辻褄の合わない事に関してはいつか精査に繋がる事を願い、OCの皆さんには出来るだけそうなって貰えるようにと考えました。

自分の事に関しては、医療人としての思考がムクムク湧いてきて自分で自分を止めてしまいます。

それは、科学で解明されていない事に対し、非科学的に医療人が騒げば世の中おかしくなるとも考えているからです。

体感はとても大切ですが、それは主観であり客観性に欠ける事象です。それを理解してもらうために精査を続ける訳ですが、なかなかデータとして出てこない事がほとんどです。


未知のウイルスと呼ばれ、今もなおワクチン争奪戦で世界中が注視しています。

ワクチンで予防できるようになればそれは幸せな事ですが、後遺症として現在進行形で症状の続く私達にとっては、ワクチン出来たね良かったね…という話ではありません。

いつになったら終わりが見えてくるのか。未知の世界です。

そんな中、今日も自分を保つためにOCで考え続けます。

患者であるけれど、その前に看護師でいたいと考える私のプライドが、私を支えてくれています。


終わりの見えない未知の先に何があるのか、今はそれを見てみたい為に走り続けているのかもしれません。



written by PICO

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