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SRさんの体験記

私について

30代後半、女性、持病、既往歴、顕著なアレルギーなし、中肉、平熱36.5位。通勤は車。



発症

2月18日朝、喉の渇き、寒気、夜38.3で葛根湯服用、翌日、36.8、昼に熱感あり市販の解熱鎮痛剤服用。下痢症状あり。



症状と経過

2月23日から酷い咳が止まらない、特に夜と朝。

鼻水は無、喉はカラカラ。体温相応のだるさあり。

保健所に相談するも、まず病院に行くようにとの事。

コーヒーの香り、さくらドーナツの香りが分からなかった。


2月29日地元のクリニックでレントゲン、インフル検査、異常なし


3月上旬まで咳が酷くて、入眠直後に咳で目覚め眠れない、喉を潤すために水を飲んでも、咳で吐き出す、シャワーの蒸気で咳込むなど息ができない程の強くて酷い咳を繰り返す。

熱は36.8〜38.5、基準の37.5はほぼ毎日達する。


3月中旬、頭痛、喉が乾き、声はガラガラ。


3月下旬、朝は微熱の為、仕事復帰するも執務時間が終わると37度後半。アゴ下のリンパと胸が痛み、総合病院で甲状腺、膠原病などの検査するも異常なし。


4月、出勤直後に早退、次の勤務日、仕事途中に震えと38.2の発熱で早退。以降は6月末まで療養休暇。咳が収まってきたら吐き気のような胃からではない、喉から胸にかけてのモヤモヤ感に変わる。



通院と検査

熱は毎日37度後半には達する、4月7日、PCR陰性。血液検査、CT異常なし。


4月9日38度台の熱と頭痛、首、肩が痛み起きられず寝返りもできず、トイレに行くのにも2時間以上かかるなど、救急車を呼ぼうとするも、内鍵を開けられないし、後の事を考えると壊して入ってもらう訳にもいかない。


また熱があると搬送拒否される等の報道から119番は断念してカロナール服用。(効き目なし)


4月15日頭痛症状と血管炎の血液検査結果から、高安動脈炎の疑いでPET-CT検査をするも異常なし。検査直前の注射で嘔吐、下痢数回。


5月に入る頃から、夜間は一睡も出来ず、朝から寝る状態が1週間、立ちくらみ、息切れ、関節痛、筋肉痛、足のこわばり、熱は37度後半、強い眠気。下痢は7〜10日に一回位。洗濯物、シャンプーの匂いがしない。

5月12日、咳、強めの胸痛、たんの症状が2〜3日続き、白血球は9000台、CT検査で小さな肺炎が見つかり抗生物質服用2週間。

改善も悪化もせず。睡眠は夜間帯に戻るが、早朝覚醒、昼寝を長時間する状態。



改善傾向

5月下旬、37.0〜37.5位に落ち着く。


6月上旬、37度半ば〜後半が毎日。頭痛あり。


6月中旬、朝起きた時の平熱日が2〜3日。だるさと、眠気が連動する自覚は明白。一方で平熱の時間が長くなったと感じられるようになる。


6月下旬、37.0〜37.7くらい。掃除、買い物など少し動くと発熱傾向あり。


7月1日仕事復帰、朝37.3だるいし、暑いけど初日は大事!我慢。体力の低下のせいか、帰宅後1時間昼寝してからやっと身支度、家事、明日の用意、これを2週間くらい。

週5回は37.0〜37.3くらい。


7月下旬、37.5越える日も数日ある。


8月上旬、朝36.8〜夜37.2くらい、日常生活におけるだるさなし、胸痛は続く。継続する喉のヒリヒリから水をよく飲む、本調子ではなく運動や肉体労働は不可能と感じる。



医師の診断

『伝染性単核球症、気管支炎』

EBウィルスの抗体価の変化が約2カ月の間に

IgM 0.6→0.2、IgG 7.5倍→16倍という結果から、なんらかの原因で免疫力が低下して、EBウィルスが活性化したと思われるとの事。



その他

寝起きから体調が良くない日は少なからず腰痛あり。

皮膚の乾燥、唇が荒れた時期あり。

熱感、霜焼けのような痒みが太ももに出た時期あり。

初期の頃、足の親指の先が赤くなり真冬なのに水虫が出来た!と思ったらいつの間にか治った模様。

普段使っているコップが重い、携帯が重い、体が布団に食い込むような重さ、横になっても自分の腕すら重い、これが強いだるさか、と感じた。

発症から4月までは2キロ、5月、6月の2カ月で4キロ体重が減るも、8月現在は、ほとんど発症前と同じくらいになった。また、昼間起きていられるようになった。

6月末の健康診断で治療の必要がない軽度の逆流性食道炎、胃炎、十二指腸潰瘍と伝えられる。



初期は市販薬、処方の咳止め、悪化時に処方の解熱剤4日位、抗生物質2週間。



感染経路?

発熱の3日前に、大阪居住の方と食事で密だった。完全な想像であるが、2月15日にライブハウスのクラスターが大々的に言われていた時期と重なる。その方の咳が、発作のように止まらず、息ができない、苦しい、と言っていた事が脳裏を過ぎる。



気持ち

保健所への連絡は会社の指示もあり、5回しました。応対は決して横柄ではありませんでしたが、電話越しに申し訳なさそうに心配してくれる相手、機械的で話す気を失くさせる相手、コロナ全否定の相手など…当時PCR検査しない前提である事はありありと伝わってきました。


クリニックの医師は2月の時点で、『もう感染は広まってると思う、保健所からはやっぱり相手にされませんよね、でも今は治療法もないですし、検査設備もありません』と少し同情されました。


転院した先の主治医からは、『保健所に何件か送りましたよ、早く検査してればねぇ、感染広まらなかったでしょうに、もうPCR検査しましょう、良いですね?』と積極的な対応をしてもらい、うれしい意味で拍子抜けしました。


社会情勢から、検査は諦めていました。

体調不良の原因、知りたかったです。

療養中に『暇でしょう』等と言われる事がありましたが、休んで横になるしかない体調だったので、最後の10日くらいはDVDを見る余裕がありましたが、寝てるうちに季節を飛び越えた感覚です。


運動はしばらくお預けです。細々と続けていた趣味の地区大会に出ることも多分もうできません。筋力も心肺機能も取り戻す自信がないのです。仕事を辞める覚悟もしました。しかしながら、幸いな事に理解を得られている部分も多大にあります。今も周囲の仲間にも多くの負担と心配をかけてしまってます。


これ以上、悲観が重ならないように、爽やかな空気を噛みしめるように、今はただただ素朴な日常を過ごしていきたいと思います。

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